高額療養費制度の自己負担額アップへの懸念 〜産婦人科医の視点から〜
本ニュースレターでは、女性の健康や産婦人科医療に関わるホットトピックや社会課題、注目のサービス、テクノロジーなどについて、産婦人科医・重見大介がわかりやすく紹介・解説しています。「○○が注目されているけど、実は/正直言ってxxなんです」というような表では話しにくい本音も話します。
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政府が高額療養費制度の自己負担額アップを進めていくことで、医療費負担の増大が懸念されます。産婦人科領域は妊娠・出産、不妊治療、婦人科疾患など女性の人生に密接に関わるため、影響は多方面に及ぶ可能性があります。もし制度改正により経済的負担が重くなれば、治療や検診を先延ばしする人が増え、結果的に健康リスクが高まる恐れもあるでしょう。
本記事では、周産期診療・不妊診療・婦人科診療それぞれに起こりうる具体的な影響を、産婦人科医の視点で考えます。
この記事でわかること
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高額療養費制度ってどんなものか
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「高額療養費制度の自己負担額上限引き上げ」の概要
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自己負担額アップで誰にどんなことが懸念されるのか
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周産期診療で想定される負の影響
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不妊診療で想定される負の影響
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婦人科診療で想定される負の影響
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マイオピニオン(総合的な私個人の考えや意見)
*実際の影響は、変更内容や各医療機関の対応方針、地域の助成状況などにも左右されますが、本記事では「医療費負担が増えること」により想定しうる代表的なリスクや懸念を広めに列挙します。その旨、ご了承ください。
高額療養費制度ってどんなもの?
まず、高額療養費制度についておさらいしてみましょう。
日本の高額療養費制度は、公的医療保険の加入者が1ヶ月以内に病院や薬局で支払った自己負担額が一定の上限を超えたとき、その超過分が後から払い戻される仕組みです。たとえば月収が平均的な会社員が100万円の治療費を伴う手術を受けた場合、通常であれば3割負担として30万円を支払う必要があります。しかし高額療養費制度を利用すると、所得区分ごとに設定された月々の上限額(おおよそ8〜9万円前後)を超えた分が申請後に戻ってきます。結果的に、実質的な自己負担は上限額程度で済むことになるのです。
この上限額は所得や年齢によって異なり、低所得者ほど負担を軽くする配慮がなされています。また、同一の保険者(健康保険組合など)に加入している家族の医療費は合算できるため、たとえば夫婦や親子で別々に受診していても、1ヶ月の合計自己負担額が上限を超えれば高額療養費の対象となります。ただし、合算の対象外となる細かいルールや、歯科治療など診療科による制限が存在する場合もあるため、利用する際は事前に確認が必要です。
さらに、入院や手術など事前に高額となることが見込まれる場合は、「限度額適用認定証」を取得して病院に提示すると、窓口で支払う段階から上限額を超えないようにできるメリットもあります。
こうした制度のおかげで、多額の医療費が発生しても支払いをある程度まで抑えることが可能です。一方で、所得区分によっては自己負担額の上限が高く設定されている場合もあり、医療費がかさんだときの家計負担は決して小さくありません。
高額療養費制度の自己負担額上限引き上げとは?
私の先日のXでの投稿も大きな反響がありました。

首相は「保険財政から考えて、何とかしないと制度そのものが持たない」と。
がんや難病などの重病患者さんや妊産婦さん、乳幼児や就学児を持つ親の、受診控えや治療の諦めを招くことで、誰のために何を持たせたいのだろうか。。?
news.yahoo.co.jp/articles/857e7… 高額療養費、負担引き上げは維持 首相、制度持続へ理解要請(共同通信) - Yahoo!ニュース 石破茂首相は21日の衆院予算委員会で、医療費の支払いを抑える「高額療養費制度」の利用者負担を引き上げる政府方針を維持す news.yahoo.co.jp
高額療養費の自己負担限度額が、2025年8月から段階的に引き上げられることが検討されています。つまり、自己負担額がアップするということになります。
2023年12月に閣議決定された「全世代型社会保障構築を目指す改革の道筋(改革工程)」に、患者が支払う高額療養費の自己負担限度額を見直すことが盛り込まれ、2025年からの引き上げが決定したという経緯となっています。最近のニュースで知ったという方も多いでしょう。「病気になって大きなお金がかかる時の自己負担額が増える」というのは誰にとっても心配が大きいものですよね。
今年1月の厚生労働省の資料では、以下のような変更が予定されていることになっています。
そして、福岡厚生労働相は今月21日の衆院予算委員会で、自己負担額の上限引き上げによる医療費の削減見込み額のうち、受診控えによるものが約1950億円に上るとの試算を示しました。つまり、上限引き上げによって受診を控える人が増え、結果的に約1950億円の医療費が削減できるだろうということです。
でも、これにはがんや難病、慢性疾患で治療している人も含まれており、そうした患者さんたちの「受診控え」を促すことで医療費を削減するという方針にはちょっと納得できませんよね。というか信じ難いです。他に削れるところがもっとあるのではと考えてしまいます。
なお、患者団体などの反発を受け、政府が直近12ヶ月で3回上限額を超えた場合、4回目から上限額を引き下げる「多数回該当」で現行の負担額を据え置くと決めた結果、削減額が従来の試算から約320億円縮小したとのこと。それでも、1回の大きな手術や、初めの3回の高額な治療には大きな負担増が見込まれます。
自己負担額アップでどんなことが懸念される?
高額療養費制度の自己負担額上限が引き上げられ、自己負担額がアップすると、どんなことが懸念されるのでしょうか。
まず、この制度変更は、軽症の患者さんよりは重症の患者さんで影響が大きいとされています。これは、重症の患者さんの方が短期間に必要となる医療費が高額になりやすく、高額療養費制度の自己負担額上限を超えやすいためですね。ただ大事なことは、誰であっても、常に事故や急病で重症となり得る、ということです。誰にとっても無関係な話ではありません。
そして、収入の多い人の方が、引き上げ額が大きく、より負担額自体が増します。ここにも累進性があるということですね。必死に頑張って働いて、たくさん稼いでも、所得税でも高額療養費制度の自己負担額でも累進的に支払う負担額が増えます。社会保障の維持に累進性は必要だし有益だと考えますが、「頑張って稼ごう」という意欲を削がれてしまうのもまた事実でしょう。
ちなみに、年収1000〜1500万円くらい稼いでも、毎年税金(所得税)で300〜500万円程度を払いつつ、大きな病気や事故の際には医療費で毎月25〜40万円(年間で300〜480万円)を払う生活になり得ます。
逆に、収入の少ない人にとっては、引き上げ額自体は小さめですが、そもそもの収入が少ないので、月に1万円程度の負担アップでも影響は大きくなりやすいです。例えば、生活費を節約しながら養育費を捻出している現役世代の家庭にとって、月1万円の出費増は痛いでしょう。
このように、高額療養費制度の自己負担額上限引き上げは、ほぼ全ての人の経済的負担が増え、以下のような影響を及ぼすことが想定されます。
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現在すでにがんや難病等で高額の治療を予後なくされている人にとっては、治療を躊躇したり諦めたりしなければならない可能性が増す
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「大きな病気や事故に遭ったら医療費の支払いで今の生活を続けられなくなる」という不安を常に抱え、普段からの医療関連の出費を減らそうとする(日頃の体調不良等で受診しにくくなる)
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不妊治療や、妊娠出産(今後保険適用になる可能性があります)でも高額医療費の不安が高まり、子どもを持とうと思ったり、実際に持つ人が減って、少子化に拍車がかかる

そして、高額療養費制度の自己負担額上限が引き上げられると、産婦人科での影響も生じ得ます。
例えば、周産期診療、不妊診療、婦人科診療いずれの領域においても、医療を受ける側の経済的負担や心理的負担が増す可能性があります。その結果、必要な医療が適切なタイミングで受けられなくなるリスクが高まり、長期的には社会全体の医療費負担や健康リスクの増大にもつながりかねません。
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- 周産期診療で想定される負の影響は?
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