皆さんに知っておいてほしい産婦人科の怖い話② 〜常位胎盤早期剥離〜
今回は「常位胎盤早期剥離」です。
この記事でわかること
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「常位胎盤早期剥離」の事例紹介(実体験をもとにした架空の事例)
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常位胎盤早期剥離とはどんな病気か
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常位胎盤早期剥離の発生率
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常位胎盤早期剥離のリスク因子
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常位胎盤早期剥離の症状
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常位胎盤早期剥離が起きた場合の対処法
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マイオピニオン(私個人の考えや意見)
事例紹介(実体験をもとにした架空の事例)
*以下は私が作った架空の事例で、一般化したものです。
*手術中のシーンの描写があります。あまり詳細まで記載していませんが、ご注意の上でご覧ください。
受診時対応
私が後輩の医師と当直していた夜、妊娠37週台の妊婦Aさんが「破水したようです」と受診されました。妊娠37週以降はいつ陣痛や破水がきてもおかしくない時期に入っているので、ここまでは日常的によくある光景です。
Aさんが病院に到着し、産科の診察室に来てもらいました。初めての妊娠で不安そうな表情のAさんは、急な腹痛とともに、下から透明な液体が急に流れてくるのを感じたと話していました。胎動は「出産が近づくと減ってくると聞いたので最近はそこまで気にしていなかった」とのこと。
破水感による受診の際には、通常、まず破水しているかどうかの確認と、胎児心拍陣痛モニタリングで陣痛の有無と胎児心拍をチェックします。さらに、稀ながら破水と同時に臍の緒が頭より先に下がってきてしまうことがあるので、そうしたことがないかを確認します。
後輩医師が診察を始めると、羊水と思われる透明の液体に混じって、赤い出血がありました。ここで「ちょっと来てください」と私が呼ばれ、一緒に診察し、確かに出血が少量ながら流れ出てきていることを確認しました。
胎児心拍を急いでチェックすると、軽い陣痛のタイミングで、胎児の心拍が遅くなっている(徐脈)ことがわかりました。この時点で、「常位胎盤早期剥離」の可能性が高いと考えられ、受診から10分程度での「緊急帝王切開」を決定しました。
緊急手術
「緊急帝王切開」を決定すると、産科病棟のスタッフに加え、手術室と麻酔科、小児科にも連絡し手術の準備を進めます(大きな病院だったので、こうした緊急手術に備えて各診療科の当直医がいました)。また、本人へできるだけ早急に、かつわかりやすいように状況と手術の必要性を説明します。その日はご家族は一緒じゃなかったので、電話をかけて状況説明をしました。
急いで手術室へ移動し、私と後輩医師は手洗いに入ります。その間に麻酔科医が下半身麻酔を済ませ、手術室の看護師が手際よく器具を準備し、小児科医も到着しスタンバイ完了です。緊急帝王切開がチーム医療であることを毎回実感します。
手術開始です。お腹の皮膚を切開し、すぐに腹腔内に到達しました。大きな子宮にメスを入れると、赤い出血とともに黒っぽい凝血塊(血液の塊)が見えました。通常の帝王切開とは異なる光景に恐怖感と「やっぱり手術をしてよかった」という安心感が混じります。ややぐったりした胎児をすぐに取り上げ、そのまま小児科医による診察に移ります。
私たちが胎盤の様子を詳しく確認すると、驚くことに胎盤は半分近くが子宮の壁からすでに剥がれ、胎児に必要な酸素や栄養がきちんと届いていなかったことが想像できました。
その後の手術は通常通りに進み、1時間程度で終了となりました。最終的にAさんも赤ちゃんも無事(新生児蘇生によってしっかり泣いてくれました)で、手術後1週間程度で元気に退院できました。
*帝王切開の流れやよくある誤解については以下の記事もご参照ください。
常位胎盤早期剥離とは
上記の事例を簡単にまとめると、
「妊娠37週台での常位胎盤早期剥離」
となります。
まず、常位胎盤早期剥離(Placental abruption)とはどういう疾患か説明します (1)。
胎盤早期剥離とはその名の通り「子宮の壁から胎盤が分娩前に剥がれてしまう疾患」です。胎児は胎盤と臍の緒を介して酸素や栄養を母体からもらっているので、胎盤が剥がれてしまうと生命維持が困難となり、最悪の場合には子宮内で死亡してしまいます。