妊娠中絶の権利が保障されない社会とは 〜米国の事例からわかること〜

妊娠中絶が憲法で保障されなくなると、女性のメンタルヘルスにはどのような影響が生じるのか。実際にそのような状況になっている米国の事例から、深く考えます。
重見大介 2024.07.30
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本ニュースレターでは、女性の健康や産婦人科医療に関わるホットトピックや社会課題、注目のサービス、テクノロジーなどについて、産婦人科医・重見大介がわかりやすく紹介・解説しています。「○○が注目されているけど、実は/正直言ってxxなんです」というような表では話しにくい本音も話します。

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2022年6月、米国の連邦最高裁判所は人工妊娠中絶をめぐる裁判で、「憲法は中絶の権利を保障していない」という判決を出しました。つまり、米国では女性の中絶権が合衆国憲法で保護されないことになりました。

今回は、この判決が出た後に、米国では女性のメンタルヘルスにどのような影響が生じているか、最新の研究論文をもとに解説します。日本でも政党や首相によってはこうした法改正が行われる可能性がゼロではないですので、決して人ごとではないでしょう。

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この記事でわかること

  • 米連邦最高裁の「ドブス判決」とはなにか

  • 米国社会における中絶法制の議論

  • ドブス判決によるメンタルヘルスへの影響

  • 「健康の社会的決定要因」から考える健康への影響

  • 日本社会への示唆

  • マイオピニオン(総合的な私個人の考えや意見)

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今回は、JAMA誌に2023年に掲載された研究論文をベースに解説していきます。(文献1)

米連邦最高裁の「ドブス判決」とはなにか

 2022年6月24日、米国の連邦最高裁判所は人工妊娠中絶をめぐる裁判(ドブス対ジャクソン女性健康機構訴訟)に対して、「憲法は中絶の権利を保障していない」という判決を出しました(以下、ドブス判決)。この判決は、これまで中絶の権利を合憲だとしてきた1973年の判決をおよそ50年ぶりに覆す判断であり、この判決を受けて米国では女性の中絶権が合衆国憲法で保護されないことになりました。(参考:BBCニュース

 米国は「合衆国」という名前が示すように、50の独立した州が合わさって一つの国となっているので、合衆国憲法で決められていないことに関しては、それぞれの州が独自の法律を作成して決定します。今回の判決によって、中絶の是非は各州の判断に委ねられました。米国50州のうち、13州では事前に「トリガー法」(「引き金」を意味し、条件が成立した際に自動的に成立する法律)が準備されていたため、ドブス判決を受けて即座に中絶が禁止されました。また、この裁判は最高裁判決が下る前に判決文の草案がメディアにリーク(漏洩)されたことも大きな話題となりました。

 2024年7月現在では、14州で人工妊娠中絶が違法(性被害などの望まない妊娠の場合も含む)、11州で厳しい制約がかけられています。

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