皆さんに知っておいてほしい産婦人科の怖い話③ 〜妊娠高血圧症候群〜

産婦人科医として診療にあたっていると、ときどき「冷や汗が止まらないくらいの緊急事態」に出くわすことがあります。いずれもそうした事態を回避するために患者・医師双方にできることがあると思っているので、私自身の経験をベースにした架空の事例を通じて「産婦人科の怖い話」を紹介します。
今回は「妊娠高血圧症候群」です。
重見大介 2023.11.13
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この記事でわかること

  • 「妊娠高血圧症候群」の事例紹介(実体験をもとにした架空の事例)

  • 妊娠高血圧症候群とはどんな病気か

  • 発症のリスク因子

  • 早期発見のためのサイン(症状)

  • 病院での治療法

  • 妊娠高血圧症候群を発症した女性の方へ:次回の妊娠時の再発予防

  • 妊娠高血圧症候群を発症した女性の方へ:将来の生活習慣病や心臓・腎臓疾患の予防

  • マイオピニオン(私個人の考えや意見)

***

事例紹介(実体験をもとにした架空の事例)

*以下は私が作った架空の事例で、一般化したものです。

発症〜緊急入院

エミコさん(仮名、36歳)は、初めての妊娠で、順調に32週目に入っていました。ある日、自宅で急に激しい頭痛と全身のだるさを感じ、不安だったため彼女はすぐに病院へ行く準備をしました。到着し、病院で血圧を測定すると「150/95 mmHg」と正常範囲を超えており、その場で妊娠高血圧症候群の診断となりました。担当の産婦人科医はエミコさんに「血圧が高い状態です。1週間前の妊婦健診までは異常がなかったので、急に上がってきたのかもしれません。頭痛の症状もありますし。今から入院して慎重に経過をみましょう」と説明し、緊急入院を決定しました。

入院中〜緊急帝王切開

入院後、エミコさんは安静を指示され、こまめな血圧チェックと胎児心拍チェックが行われました。体調の悪化はないものの、血圧は数日間高いままで改善の兆しは見られませんでした。担当医はエミコさんと赤ちゃんの安全を最優先に考え、早めの帝王切開術も検討していた矢先、早朝に血圧が「170/120mmHg」まで上昇し、胎児心拍も不安定になっていたため、緊急の帝王切開手術が実施されました。
手術中は出血量が多く、また血圧の上昇により全身管理に難渋しました。また早産域のため生まれた瞬間に待機していた新生児科医に赤ちゃんが手渡され蘇生処置が施されました。産婦人科医、麻酔科医、新生児科医、看護スタッフの連携により、無事手術は終了しました。

産後の経過

手術後、エミコさんはしばらく集中的な治療が必要な状況でした。手術中の出血量は3Lを超え、血圧も不安定だったためです。徐々に回復していきましたが、血圧は正常値より高い状態が続いていました。
一方で、32週の早産となった新生児は新生児集中治療室(NICU)に入院し、数週間にわたる治療とケアが必要でした。幸い、赤ちゃんは大きな後遺症を残すことなく経過し、しばらくして退院することができました。

妊娠高血圧症候群とは

妊娠高血圧症候群は、妊婦さんの約20人に1人の割合で起こります。妊娠中に血圧が上がってしまう疾患であり、母体と胎児にとって危険な状態と考えます。収縮期血圧が140mmHg以上、あるいは拡張期血圧が90mmHg以上になった場合、高血圧が発症したと扱います。
なお、複数回の測定で収縮期血圧が160mmHg以上、あるいは拡張期血圧が110mmHg以上になった場合、「高血圧緊急症」の疑いとなり速やかな入院治療が必要となります (1)。

妊娠34週未満で発症した場合(早発型)では特に重症化しやすく注意が必要です。重症の妊娠高血圧症候群では、母体の血圧上昇、蛋白尿に加えてけいれん発作(子癇:しかん)、脳出血、肝臓や腎臓などの機能障害、HELLP症候群という合併症などを引き起こす可能性があります。また、胎児の発育が悪くなったり、胎盤が子宮の壁からはがれてしまったり(常位胎盤早期剥離)、胎児の状態が悪化(胎児機能不全)して、最悪の場合には子宮内胎児死亡となってしまうこともあります (2)。

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