無痛分娩で赤ちゃんに影響はある?約50万件の出産を調べた最新の研究結果を考える
本ニュースレターでは、女性の健康や産婦人科医療に関わるホットトピックや社会課題、注目のサービス、テクノロジーなどについて、産婦人科医・重見大介がわかりやすく紹介・解説しています。「○○が注目されているけど、実は/正直言ってxxなんです」というような表では話しにくい本音も話します。
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無痛分娩を考えるとき、「陣痛の痛みをできるだけ軽くしたい」と思う一方で、「赤ちゃんに悪い影響を与えないだろうか」と不安になる方は少なくありません。インターネット上には、「無痛分娩では器械分娩が増える」「難産になりやすい」「将来の発達に影響するのでは」といった情報が散在しており、何を信じればよいのか迷うこともあるでしょう。
今回は、2026年7月にBMJという世界的に有名な医学誌に掲載されたスコットランドの大規模研究を中心に、分娩中の硬膜外鎮痛と赤ちゃんの短期・長期的な健康との関係を詳しく解説します。さらに、器械分娩が赤ちゃんに与え得る負担、日本で分娩中に高次医療施設への母体搬送が必要になった場合の注意点にも触れてみます。
ぜひ最後までご覧ください。
この記事でわかること
無痛分娩の「硬膜外鎮痛」とはどういうものか
硬膜外鎮痛で痛みを和らげる仕組み
今回の大規模研究の概要と結果
無痛分娩(硬膜外鎮痛)と、神経学的合併症・新生児死亡・脳性麻痺の関連
無痛分娩(硬膜外鎮痛)と、器械分娩の関連
急変時の搬送体制の重要さ
無痛分娩希望時の分娩施設の選び方
マイオピニオン(総合的な私個人の考えや意見)
無痛分娩の「硬膜外鎮痛」とは?痛みを和らげる仕組みをおさらい
日本で「無痛分娩」と呼ばれる方法の中心は、腰から細い管を入れて薬を投与する「硬膜外鎮痛」という手法です。背骨の中には脊髄を包む硬膜があり、その外側のスペースである硬膜外腔へカテーテル(非常に細い管)を留置します。そこから局所麻酔薬や少量のオピオイド(麻薬性鎮痛薬)を持続的、または間欠的に投与し、子宮や産道から脳へ伝わる痛みの信号を弱めます。
全身麻酔とは異なり、意識を保ったまま出産できます。現在は低濃度の局所麻酔薬を用い、痛みを抑えながらも両足の力やいきむ感覚をできるだけ残す方法が一般的です。ただし「無痛」という言葉通りすべての感覚が完全になくなることはあまりなく、陣痛の圧迫感が残ったり、カテーテルの位置によって左右差や効きにくい部分が生じたりし、痛みが残ってしまいカテーテルの入れ直しや薬の調整が必要になることもあります。

「硬膜外鎮痛」のイメージ。生成AIで著者作成。
硬膜外鎮痛は、分娩時の鎮痛法として最も効果が高い方法と考えられています。強い痛みによる母体のストレス反応を抑えられるほか、緊急帝王切開になった際、カテーテルから薬を追加して手術用の麻酔へ切り替えられる利点もあります。
2024年の観察研究(文献1)では、重篤な母体合併症が少なかったという関連も報告され注目を集めましたが、あくまでも観察研究ですので因果関係が確定したわけではありません。
一方、交感神経が遮断されることで母体の血圧が下がり、胎盤への血流や胎児心拍に一時的な変化が起こる場合があります。そのため、硬膜外鎮痛開始前後には血圧、脈拍、酸素飽和度や胎児心拍を確認し、必要に応じて輸液、体位調整、昇圧薬などで対応します。
母体の発熱との関連も知られています。硬膜外鎮痛に伴う発熱は感染によらない炎症反応と一般的に考えられていますが、実際の分娩中に感染性の発熱と確実に見分けることは簡単ではありません。
なお、局所麻酔薬などの一部は胎盤を通過する可能性がありますが、硬膜外鎮痛では硬膜外腔へ低濃度で投与するため、静脈から鎮痛薬を投与する場合とは母体血中濃度や赤ちゃんへの届き方は異なります。実際には、硬膜外腔へ投与された麻酔薬が赤ちゃんの体内へ直接入る可能性はほぼないと考えられています。
ただ、赤ちゃんへの影響は薬が移行するかどうかだけでなく、母体血圧、体温変化、分娩時間、胎児の状態、分娩方法などを含めて総合的に考える必要があり、厳密な分析はなかなか複雑で難しいというのが正直なところなのです。
最新の研究:スコットランドで約50万件の分析
今回主に紹介する研究は、スコットランドの病院に蓄積された複数の全国データベースを連結した、大規模な後ろ向きコホート研究です(文献2)。
*なお、この研究論文の筆頭著者は先ほどの文献1と同じ人です。この分野ではかなりの研究実績がある研究者ですね。
2007年1月から2019年12月までの13年間に、妊娠24週0日から42週6日で陣痛を経験し、経腟分娩または予定外の帝王切開で出産した単胎妊娠49万5,695件が分析されました。このうち11万4,897件(23.2%)で硬膜外鎮痛が行われていました。
(海外では半分以上が無痛分娩!みたいな声をSNSではよく見かけますが、国によって実際は全然違うことがわかりますよね。無料で受けられるスコットランドでも23%程度とのことでした。)
主な評価項目は、生後28日までに診断された「新生児の神経学的な合併症」です。
低酸素性虚血性脳症
新生児けいれん
脳室内出血・梗塞
脳室周囲白質軟化症
髄膜炎
脳炎
核黄疸
筋緊張低下
出生時の蘇生が必要だった
など、重大で長期的な影響につながり得る複数の疾患をまとめた複合アウトカムでした。
副次的には、臍帯動脈血pH 7.10未満(赤ちゃんへの酸素が不十分で血液が酸性に傾いているという意味)、分娩外傷、腕神経叢損傷(赤ちゃんの腕の神経の損傷)、壊死性腸炎、呼吸窮迫症候群、呼吸不全、気胸、低血糖、低体温をまとめた重篤な新生児合併症のほかに、新生児敗血症、出生5分後のApgarスコア4未満(産まれた直後の状態が悪いことを示す)、生後28日以内の死亡を調べました。
さらに入院記録を連結し、小児期に診断された脳性麻痺まで追跡しています。脳性麻痺の診断時期の中央値は3歳で、最長12歳まで含まれていました。従来の研究ではApgarスコアやNICU入院など「出生直後の指標」が中心だったため、まれな重篤疾患と小児期の長期的な転帰まで調べた点が本研究の大きな特徴です。
そして大事な点として、硬膜外鎮痛を受ける人と受けない人では、初産かどうか、陣痛誘発の有無、妊娠合併症、分娩経過などがもともと異なります。研究者らは、妊娠週数、年齢、体格、民族、社会経済状況、喫煙、薬物使用、陣痛誘発、出産歴、帝王切開歴、糖尿病、妊娠高血圧腎症、出産年などを統計学的に調整しました。
少し専門家向けの話になりますが、交絡因子は因果ダイアグラム(DAG)を用いて事前に選び、欠測値には多重代入法を用いています。
なお、論文公開後に一部の訂正が報告されています。
研究期間は「15年間」と書かれていましたが、正確には2007~2019年の13年間で、解析対象は多胎を含まない単胎妊娠のみです。そのため、当初記載されていた「硬膜外鎮痛群では多胎が多かった」「多胎妊娠をハイリスク妊娠の定義に含めた」という説明は削除されました
こういった記載ミスは研究論文でもときどきあり、後から訂正されることがあります。今回は、研究対象集団、解析方法、結果、解釈、結論など重要な部分には影響しない訂正でした。
硬膜外鎮痛と新生児・小児期の健康との関連は?
では、気になる結果を詳しく見ていきましょう。
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