卵子凍結への費用補助は少子化対策になるのか?
本ニュースレターでは、女性の健康や産婦人科医療に関わるホットトピックや社会課題、注目のサービス、テクノロジーなどについて、産婦人科医・重見大介がわかりやすく紹介・解説しています。「○○が注目されているけど、実は/正直言ってxxなんです」というような表では話しにくい本音も話します。
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卵子凍結への費用補助が、少子化対策の一つとして注目されています。
将来の妊娠可能性を残したい人にとって、卵子凍結は大切な選択肢になり得ます。一方で、「卵子を凍結すれば、将来いつでも妊娠できる」「女性が若いうちに卵子を保存すれば出生数が増える」といった理解は、正しいものなのでしょうか。
本記事では、卵子凍結という医療技術の意義と限界を整理しながら、少子化対策としての意味はあるのか、自治体や企業がこの制度をどのように位置づけるべきかを私なりに考えてみます。
この記事でわかること
1. なぜ卵子凍結への補助が注目されているのか
2. 卵子凍結は「妊娠の保証」ではない
3. 凍結卵子を用いた出産率を左右する最大の要因は何か
4. 個人としての意義とは?
5. 卵子凍結に伴う身体的・心理的・経済的負担
6. 卵子凍結への費用補助は少子化対策になるのか
7. 公衆衛生政策としてはどう考えるか
8. 企業が福利厚生として導入する際の注意点
9. 自治体が実施するなら、「補助金」より「○○」が重要
10. 卵子凍結を考える人が確認しておくべきこと
11. 卵子凍結への費用補助を少子化対策として語ることの危うさ
マイオピニオン(総合的な私個人の考えや意見)
1. なぜ卵子凍結への補助が注目されているのか
日本の出生数は急速に減少しています。
厚生労働省の人口動態統計によると、2024年の出生数は68万6061人、合計特殊出生率は1.15でした。出生数は初めて70万人を下回り、合計特殊出生率も前年の1.20からさらに低下しています。また、2024年の第1子出生時の母の平均年齢は31.0歳であり、妊娠・出産の時期が以前より遅くなっていることも社会的な背景としてあります。
なお、2025年の合計特殊出生率は1.13前後で過去最低になる見通しや、出生数が初めて68万人を割る公算が大きいとも報道されています。
こうした中で、「若い時期の卵子を保存する」という卵子凍結が、少子化対策や女性活躍支援の文脈で語られることが増えてきていると感じています。
東京都では、加齢等による妊娠機能の低下を懸念する場合に行う卵子凍結について、東京都在住の18〜39歳の女性を対象に費用助成を行っています。助成対象となる医療行為は、採卵準備のための投薬、採卵、卵子凍結で、卵子凍結を実施した年度の助成額は上限20万円です。
国の予算資料でも、卵子凍結に関する正しい知識の普及啓発や、妊孕性温存に関する課題検証のためのモデル事業が示されています。資料上は、がん治療だけでなく、卵巣手術や病気そのものにより卵巣機能が低下する場合など、広義の医学的適応も念頭に置かれています。
*こちらのモデル事業については私もYahoo!ニュース記事で解説しました。
2. 卵子凍結は「妊娠の保証」ではない
卵子凍結とはどのようなものか、簡単におさらいしておきましょう。
卵子凍結は、卵巣刺激を行って複数の卵胞を育て、採卵により卵子を体外に取り出し、成熟卵子を凍結保存する医療技術です。将来、その卵子を使う場合には、卵子を融解し、通常は顕微授精を行い、胚を培養し、子宮に移植します。その後、着床、妊娠継続、出産という段階を経て、初めて「子どもを持つ」という結果に至ります。
つまり、卵子凍結は「将来の妊娠を保証する技術」ではありません。より正確には、将来の妊娠可能性を少しでも残すための医療技術です。
この違いは非常に重要です。
卵子を凍結すると、心理的には「これで一安心」と感じる人もいるかもしれません。しかし、凍結した卵子がすべて融解後に生き残るわけではなく、すべてが受精するわけでもなく、すべてが良好胚になるわけでもありません。胚移植をしても、妊娠に至るとは限らず、妊娠しても流産することがあります。
この辺りのデータの詳細は以前の記事で解説したので、気になる方はぜひご覧ください。
米国生殖医学会(ASRM)は、計画的な卵子凍結について、「将来の不妊を避けるために役立つ可能性があり、倫理的に許容される医療である」としています。一方で、比較的新しく発展途上の医療であり、有効性、適切な使い方、長期的影響には不確実性があるため、十分な情報提供と意思決定支援が必要だとも明記しています。(文献1)
この点を踏まえると、卵子凍結への費用補助を広報する際に、
「将来への安心」
「出産への保険」
といった表現を安易に使うのは慎重であるべきでしょう。
人によっては希望になりますが、人によっては過度な期待や不安を生む可能性もあるはずです。
3. 凍結卵子を用いた出産率を左右する最大の要因は何か
卵子凍結を医学的に考えるうえで、最も重要なのは年齢です。
女性の妊孕性は年齢とともに低下します。種々のデータから、女性の妊孕性(妊娠できる力)はおおむね32歳頃から徐々に低下し、37歳以降はより急速に低下することが示されています。
これは、単に卵子の「数」が減るだけではありません。加齢とともに卵子の染色体異常の割合が増え、受精しても胚発育が止まる、着床しにくい、流産しやすいといったことが起こりやすくなるためです。
そのため、卵子凍結では「何歳で凍結した卵子か」が非常に重要となるのです。
もう一つ大切なのが、「凍結できた成熟卵子の数」です。
卵子1個がそのまま1回の妊娠チャンスになるわけではありません。卵子の融解、受精、胚発育、胚移植、妊娠、出産という複数の関門があるため、一定の出産可能性を見込むには複数個の成熟卵子が必要になります。
計画的卵子凍結に関するレビューでは、38歳未満で20個以上の成熟卵子を凍結できた場合、1回以上の生児獲得率が約70%とされています(文献2)。
ただし、これはあくまで一定の条件下での推計であり、施設差や対象集団の違い、個人の背景によって結果は変わります。より大規模で多様なデータによる検証が必要であることも同時に指摘されています。
ASRMのガイドラインでも、計画的卵子凍結後の生児獲得率を正確に予測するにはエビデンスが不十分である一方、若い年齢で卵子凍結を行った方が成績は良い傾向にあるとされています。
また、AMHなどの卵巣予備能検査は採卵で得られる「卵子数」の推定には役立ちますが、質がわかる検査ではないので、それだけで将来の自然妊娠可能性や生児獲得を正確に予測できるものではありません。
したがって、自身にとっての卵子凍結の必要性や費用対効果を考える場合には、年齢、既往歴、希望する子どもの人数、将来いつ妊娠を考える可能性があるか、経済的負担、身体的負担を含めて、慎重に検討する必要があると言えるでしょう。
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